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佐竹義智 (東家) : ミニ英和和英辞書
佐竹義智 (東家)[さたけ よしとも]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [さ]
 【名詞】 1. help 
: [たけ]
 【名詞】 1. bamboo 2. middle (of a three-tier ranking system) 
: [ぎ]
 【名詞】 1. justice 2. righteousness 3. morality 4. honour 5. honor 
: [ひがし]
 【名詞】 1. east 
: [いえ, け]
  1. (suf) house 2. family 

佐竹義智 (東家) : ウィキペディア日本語版
佐竹義智 (東家)[さたけ よしとも]

佐竹 義智(さたけ よしとも)は、佐竹氏一門の佐竹東家第11代当主。
== 生涯 ==
元禄14年(1701年)、佐竹義本の子として生まれる。寛延3年(1750年)、父の隠居により家督を相続する。甥の藩主佐竹義明に執政として仕えた。宝暦7年(1757年)、藩内で銀札発行派と反対派の対立から家中騒動となり、反対派の義智と義邦は発行派に謀反を企てていると讒訴され、藩主義明に謹慎を命じられた。後に訴えが嘘だと発覚すると謹慎を解かれ、発行派が騒動を企んだとして処罰された。騒動後に褒賞として500石の加増を受けた。明和6年(1769年)に68歳で死去した。長子の義武(よしたけ)は既に死去していたために家督は当時、久保田藩重臣宇都宮家当主であった次男義路(初め宇都宮武綱)を貰い返して養子となって相続した。




抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「佐竹義智 (東家)」の詳細全文を読む




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